コラム

コラム、取材雑記、ニュースなど

立川談志が、ある独演会のまくらで語ったこんな言葉が好きだ。
「あたしはね、常に自分が間違ってるんじゃないか、って考えてるんです。こういう人間は正しいんじゃないですか? ……違うかね」

最後の「違うかね」が絶妙です。
さすが天才的な噺家。さらっと、茶目っけでうまく〆ています。

さて、福島県南相馬市の医師、小鷹昌明先生を取材しました。
大学助教授というポストを捨てて、震災支援のために生き方を変えられた方です。
誰がどう見ても篤信家のすばらしいお医者さんなのですが、小鷹先生は、大学の医局にいた時の自分を「いやな感じの医者だった」と言い、現在の地域活動も「自分が好きでやっているだけ」と言います。
専門医としての医療支援は「ただ、まわりから求められること、自分のできることをやっているだけ」とぼそぼそと口ごもるのみです。

文筆家としても活躍する先生ですが、『被災地で生き方を変えた医者の話』(あさ出版・2018年)ではさらに顕著で、「自分は偽善者なのではないか」という自分に対する疑いを持つことにこだわっています。
他人から評価されるたびに、そうやって自分の心にブレーキをかけてきたのではないかと思います。

「小鷹さんは、誠実な人だ」――南相馬市に移り住み、小鷹先生とも交流のある作家・柳美里さんが、帯文で書かれています。
冒頭の談志の言葉を借りるなら、小鷹先生は「常に自分が不誠実なんじゃないかと考えている人」と言ってもいい。
こういう人は、本当に誠実なのだと思います。
 
医師としてもすばらしい方ですが、人間としても魅力的で、面白い方でした。
そして、『被災地で生き方を変えた医者の話』。「自分は不誠実なんじゃないか」と自重しながら綴る文章はすばらしい。
特に第2章最後の「手話教室に通いはじめました」は、「いやな医者だった」小鷹先生の誠実さと、医師としての職業倫理のエッセンスが詰まった小編です。抑制の利いた文章に感動しました。

人間の誠実さに触れたい方におすすめの本です。

関連記事一覧

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。